大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(う)1613号 判決

所論は,要するに,……中略……被告人は車から出て路上にいた被害者に対し声をかけ元気であることを確認し,現場に来ていた友人の柴田弘次に対し「何とかしてくれ」と通報を含めた意味で依頼したが,右柴田が応じてくれないので頼める人を失ない,現場から400メートル離れている親しい友人である中島達弥方まで赴き,同所において被告人が群馬県警察本部通信指令室に110番通報し,同指令室より同日午後11時34分高崎消防署指令室に対し救急車の出動要請がなされていること,つまり事故後僅か14分にて119番通報までなされており,法の予想する救護措置,通報措置義務を尽したといえるのであるから,原判決の判示第三の認定は事実を誤認したもので原判決は破棄を免れないというのである。

……中略……

関係証拠によれば,被告人が車外に出たときには本件現場にはすでに近所の人が3,4名集まってきており,被告人が被害者のところに行くと被害者は腕から血を出してかなりの怪我をしている様子なのを見て事故の大きさに驚くとともに,通行車両の運転者が何人も寄ってきて「酒を飲んでいて駄目じゃねえか」などといわれると,酒に酔っていた被告人はその場に居づらくなり,あとは集まった人たちが何とか処置してくれるだろうと思い,自分は兄や会社に事故のことを相談しようと考えて被害者を放置したまま現場を離れ,現場の近くには数軒の人家があったにもかかわらず,友人の家の電話を借りた方が迷惑がかからないと思って約400メートル離れた中島方まで歩いて行ったが,当時被告人は警察への届出をすることまでは頭がまわらず,また,救急車の要請をすることもせず,まず勤務先会社に3,4回通話試みたが果せず,次に長兄に電話し,そのころ中島から,「なぜ現場を離れてきたのだ,警察にも電話しなければ駄目だ」といわれてようやく警察に「先程事故を起したけれど相手の人と話合いをしたが恐くなって逃げた,現在中島電機にいる」と通報したものでありその時刻は当日の午後11時43分ころであることがそれぞれ認められる。所論は,本件事故の110番への第1報は被告人によって当日の午後11時34分以前にされている旨主張するが,当審で取調べた本件の初動捜査に関する司法警察員作成の報告書によれば,群馬県警察本部通信指令室にいわゆる110番通報の第1報が入ったのは,本件当日の午後11時19分須永という女性の声で「事故の音がした」というものであり,そのころ続いて別な人からの事故発生の110番通報があり,右本部から高崎署に指令が終ったのが午後11時25分,これを受けて現場に出動したパトロールカーから高崎署にあてて救急車依頼などの連絡がされたのが午後11時30分から33分にかけてであって,被告人自身の警察本部への連絡時刻とその内容は前記のとおり,その後であることがそれぞれ認められるので,右所論は採用できない。また,所論のいう被告人の事故現場における知人に対してした「何とかしてくれ」との発言は,仮りに救護,報告の依頼の気持を含むものであったとしても,相手にその場でただちに拒絶されてしまうと被告人は現場でさらにそれ以上なんらの措置をとらなかったのであるから,被告人が現場を離れる前に救護,報告の各義務を尽したことにならないことはいうまでもない。以上のとおりであるから,原判決がその第三で認定のとおり被告人が救護義務,報告義務をいずれも怠ったことは明らかであり,論旨は理由がない。

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